トップ > interview第26回 株式会社真田商店

第1回 大知木材株式会社

第2回 株式会社有馬商店

第3回 西田木材

第4回 株式会社大垣

第5回 株式会社灘銘木店

第6回 株式会社毛利商会

第7回 カルモ木材株式会社

第8回 清水木材株式会社

第9回 株式会社三栄

第10回 株式会社山本商店

第11回 三祐木材株式会社

第12回 有限会社山神材木店

第13回 林木材株式会社

第14回 株式会社名田商店

第15回 名村木材株式会社

第16回 株式会社柳原木材

第17回 宮崎木材株式会社

第18回 合資会社稲見材木店

第19回 株式会社兼久

第20回 合資会社ミツワ材木店

第21回 株式会社田中商店

第22回 株式会社岡本材木店

第23回 神戸建材株式会社

第24回 有限会社伊藤材木店

第25回 岸野木材合資会社

第26回 株式会社真田商店

第27回 滝乃木材有限会社

第28回 株式会社福島材木店

第29回 中原材木店

第30回 川本木材株式会社

神戸の材木屋さん

 

26回:株式会社真田商店

 

こんにちは牧牛です。

 

さて、今回の訪問先は神戸市長田区苅藻島町3丁目の㈱真田商店さんです。真田商店は現在、苅藻島の神戸木材市売協同組合ビルの2階に事務所があります。取材日は平成2772日木曜日の午後、インタビューに応じて下さったのは社長の真田明宜(さなだ・あきのり)さんです。

 

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社屋

 

牧牛が新聞記者になった平成13年当時、真田商店さんは灘区の桜口町、JR六甲道から南へ徒歩数分、国道2号線沿いにありました。車や人の往来が激しく、その当時から木材の商売には向かない地域になっていました。木材の出し入れや配送には危険が伴いますからね。その後、桜口の会社はマンションに変わり、真田商店はJR六甲道駅から数百メーター東に入った高架下(弓木町)に移転、事務所兼作業場として営業していました。そして2年ほど前、真田商店は長田区の当地に移ったのです。材木屋には移転がつきものです。最初は適地であっても時代とともに不適地になってしまうからです。地価の問題や周辺、地域住民との兼ね合い等で移転を余儀なくされるケースが多いのです。

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作業場

前置きが長くなりました。

 

真田商店の創業者は現社長の祖父に当たる真田正信さんです。創業時期は定かではありませんが業歴は90年を超えると言うのでから大正末期から昭和の初めころだと推察されます。先ほど述べた神戸市灘区桜口町が創業の地です。正伸さんは、播州の出身、神戸木材仲買協同組合の理事長の要職を務められた功労者です。その後父上の正昭さん(昭和6年生まれ)が二代目の社長となり、父上の死去に伴い明宜氏が三代目を引き継ぎました、10年前のことです。

 

 

真田明宜社長は昭和36115日生まれの54歳、報徳学園高校から中京大学法学部に進み卒業後家業の真田商店に就きました。木材業界には若手経営者の組織が各都道府県に存在します。定年は40歳〜45歳。経営や人生の勉強をする場です。次世代の業界を担う若者たちが切磋琢磨しながらそして親睦をはかりながら活動しています。大阪なら大阪木材青年経営者協議会、京都なら京都木材青年経営者協議会、そして神戸には兵庫県木材青年クラブが存在します。真田明宜さんは兵庫県木材青年クラブに所属され、会長職まで務めました。そして、翌年には、全国青年クラブの副会長として手腕を振るわれました。青年会時代の仲間はありがたい存在です、特に卒業してからは。牧牛も大阪の青年会に入りましたが、そこでたくさんの友人知己を得ました。会長は1年限り、同期の中の代表が務めることになります。真田社長は人望が厚かったのでしょう。

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真田明宜社長

真田商店さんの商売は昔も今も大工・工務店さんを得意先とする仲買業、一般建築材の販売です。仕入は苅藻の神戸木材市場がメイン。木材業について「若い頃はいろいろ考えた。建築の勉強もやった。しかし最近は、若干流され気味だ。お客さんが求めるものを供給する。工務店に売ることが仕事、それに徹している」と話してくださいました。非常に謙虚な人物です。

 

苦労話を聞きました。「やっぱり2回移転したことかな、それはそれで大変やった。多い時は社員が5名いたが今は一人でやっている。金儲けが下手で困っている」と笑いながらのコメントでした。高校時代は柔道部に所属、以前はウィンドサーフィンに凝っていたそうです。お子さんは二人です。

 

長時間、ありがとうございました。