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第2回 株式会社有馬商店

第3回 西田木材

第4回 株式会社大垣

第5回 株式会社灘銘木店

第6回 株式会社毛利商会

第7回 カルモ木材株式会社

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第10回 株式会社山本商店

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第14回 株式会社名田商店

第15回 名村木材株式会社

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第24回 有限会社伊藤材木店

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第26回 株式会社真田商店

第27回 滝乃木材有限会社

第28回 株式会社福島材木店

第29回 中原材木店

第30回 川本木材株式会社

第15回
名村木材株式会社
(神戸市長田区苅藻島町3丁目2番27号)

 

 

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こんにちは牧牛(ぼくぎゅう)です。

 


今回の取材先は神戸市長田区苅藻島町3-2-27の名村木材株式会社さんです。
お邪魔したのは平成24年1月26日の昼下がり、
インタビューに応じて下さったのは
社長の名村正治(なむら・まさじ)さんと専務の名村剛さんです。

 

 

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名村正治社長


名村木材といえば名田商店さんと並ぶ神戸木材市売協同組合の有名な市売問屋。
名村正治社長は同組合の代表理事の重責を担われています。
かつては原木丸太がぎっしりと貯木されていた広大な苅藻島の水面は、
今ではマリーナに変貌し豪華なプレジャーボートが係留されています。

 


例によって牧牛の大好きな会社のルーツからインタビューをスタートしました。
名村社長専務は事前に用意されていた古い資料を見ながら
名村木材誕生の歴史を語って下さいましたが、どうも要領を得ません。
人の記憶と資料との整合性があやふやなんです。
インタビューは応接室で行なったのですが、
隣の事務所で仕事中の女性がたまりかねて助け舟を出してくださいました。
それは、先代社長が作成された会社案内だったのです。

 


それによると、
「明治25年、名村与三郎が兵庫区運河材木町で材木商を創業」
となっています。
名村与三郎さんは現社長のお祖父さんに当たります。
そのあと大正5年に同所にて名村木材合名会社となり
昭和18年、木材統制令により一旦閉鎖。
戦後の昭和20年10月に資本金50万円で兵庫区松原において名村木材株式会社設立
となっています。
社長は現社長の父上である名村茂雄さん、
木材・原木を扱い従業員5名での再スタートです。
昭和24年、神戸木材市場株式会社設立と同時に参加し、
卸売商として市売りを始めました。

 

 

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事務所内


名村社長によると、
先代の茂雄社長は大阪の老舗材木商楠商店で修業され、
現社長の名前である正治は楠正治さんから頂いたそうです。

 


名村正治社長は昭和19年生まれ、
甲南大学経営学部を卒業後すぐに家業に就かれました。
平成元年に父上の茂雄さんから社長職を譲られた兄上の正一郎さんが
平成9年に57歳で夭逝され、急遽社長に就任され今日に至っています。
専務の名村剛さんは正一郎さんのご子息です。

 


その名村剛さんは昭和43年生まれ、
桃山学院大学を5年がかりで卒業し家業の名村木材に入社。
持ち前の明るさと積極性で業界でも人気抜群、
兵庫県木材青年クラブの会長を務められました。
平成9年に現在の苅藻島に本社を移転、
市場(問屋)部門は専務の剛さんが担当し、
小売部門は社長の正治さんが担当されています。

 

 

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名村剛専務


名村剛さんが生まれた昭和43年は神戸の木材業界にとっては画期的な年でした。
当時の業界新聞(東洋木材新聞)をひも解いて調べてみました。
昭和43年の新年号には次のように記されています。
『昭和43年を迎えた神戸業界は、本年まことに多事といえる。
その第一は市内三市場の移転である。
昨年4月「神戸木材市売協同組合」が設立され、
神戸林産集荷協同組合(田付蘭氏)と神戸木材市場(中川延夫氏)の
両市場がカルモ島への移転を機会に大同団結して一本化され、
ジリ貧をたどる市売に“活”を入れることになったのは周知の通り。
この神戸木材市売協同組合(名田冨士雄氏)の手によって、
移転先のカルモ島に昨秋来、市場事務所市場施設が着工され、
本年3月末には完成の予定である。
これに伴う仲買協同組合(真田正信氏)との
市場取引上の問題については両者の円満な話し合いによって
3月ごろには結論が出るものと思われる。・・・。』
また、4月15日号には
『神戸木材市売協組は4月8日10時から市場竣工式、
披露パーティに続いて12時半から初市を開いた・・・。』
とあります。

 

 

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市場


昭和43年設立当初の市売問屋は、
名田商店
釘谷商店
田付商店
増井商店
広野商店
木村木材
相原木材
山長商店
共栄木材
名村木材
継谷商店
中川木材
新兵庫木材
の13社。
浜数は東西各48浜。
毎月2と7の日が市日(月6回)。
今は昔、現在の問屋さんは名村さんと名田さんの2社、
市日も年3〜4回になってしまいました。
寂しい限りですね。

 


「昭和48年前後は良く売れて儲かったし楽しかった。」
名村社長
一方、名村専務
「いつええ事が起こるかなー、と待っている。
そのために頑張っているようなもんです。」
と笑いながら答えてくださいました。
また会社のPRとしては
「スピードがモットーです。
プレカットを通して

エンドユーザーまで

スピーディに対応できます。」
名村社長
プレカット事業は市売協組の商売として名田商店さんと共同で運営されています。
「いかにすればこの業界で生き残れるかを模索している最中だ。」
と話す名村社長は多趣味。

 

 

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プレカット工場


高校時代はバドミントンでインターハイに出場して
数多の大学から誘いがあったそうです。
甲南大学時代はもちろんキャプテンとして大活躍されました。
スポーツカーが大好きで現在はベンツのクーペ、
野球は大洋時代からずーっと横浜の大ファン
「昔は麻雀漬けやったが今はメンツがそろわない。
ゴルフが大好きやしメダカや金魚の繁殖もやっている。
禁煙したが太りすぎたので復活した。
お蔭で体重が元に戻ったよ(笑い)。」
名村社長
一方、専務といえば芦屋南高校時代は野球部に所属、
叔父上と同じで車が大好き。
「古いワーゲンばかり追い回していた。」
と話してくださいました。

 


長時間有難うございました。
今後益々健康に留意され、家業繁栄と木材業界の発展にご活躍ください。

取材日:2012年1月26日